ギラヴァンツ北九州 雑学的コラム日本にプロサッカーリーグ・Jリーグが誕生した時から以来、北九州にもJリーグチームが出来ないかなと、ギラヴァンツ北九州を側面からお節介にお手伝いをして十数年。wavywebのアタル(管理人)がギラヴァンツ北九州について月2の周期でコラムを書かせていただきます。

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サポーターになったきっかけ 16:04
ギラの熱烈応援団のイエローブリゲード。年末になると忘年会が行われる。 私はブリゲードが集まるC席で応援はしないが、団長・副団長との永い付き合いから、毎年、忘年会に呼んでくれる。もちろん、団員と呼ぶのだろうか、知り合いのサポーターもたくさん居る。忘年会はいつも楽しく過ごさせてもらっている。特にあまり顔見知りでない応援者と話すのが楽しい。そして直に友達になってしまう。後々、街ですれ違うと「おぅ!」と手を上げて挨拶する仲になる。 ギラサポになったきっかけを聞くと皆さんそれぞれで楽しい。ギラになってからの人、ニューウェーブ時代からの人、アビサポをやっていて苦渋の選択で移籍してきた人。商工会議所の会報誌・北商NEWSのギラページにこんなサポの記事が載っていた。小倉北区京町のリウォーム藤岡の藤岡三八子さんの記事。リウォーム藤岡は洋服の仕立てや寸法直し、修繕などの更正を引き受けるお店。ある日、仕事場にひとりの青年が洋服の更正に尋ねてきたそうで、藤岡さんは「ブティックの紹介で来たのだろう」と気にもしなかったが、その後も来店する日が続いたので、職業は何かなどと尋ねてみたが「ただの洋服好きですよ」と煙に巻かれた。しばらくして、ある雑誌に載っていたその青年の写真に目が止まった。青年に直接尋ねた。「ニューウェーブ北九州の桑原裕義選手ですか?」。「まだJFLの時代だったのでサッカー選手と名乗りたくなかった」のだそうだ。それから藤岡さんは北九州の活性化に、ギラの応援に、そして何より桑原選手の人柄に惚れ、お手製のアップリケで作った横断幕やゲーフラを掲げて応援しているそうです。これも一つ楽しい逸話だなと感じ入りました。 もう一つ面白い話を、あるサポーターから聞きました。彼はよく関東やアウェイの会場にもギラの応援旗をもって応援に行く熱血サポーターの一人なのですが、関東の試合に時々現れるようになった東京在住の青年がいて、その青年は北九州出身のプロボクサーで白石豊土といい、協栄ジムでトレーニングをしていて、今度の12月3日に東京の後楽園で東洋太平洋チャンピョンに挑戦することになったとか。ギラサポ仲間で応援してやりたい。そう言ってました。ギラサポが作る北九州応援隊。輪が広がるといいなと思います。 OPBF東洋太平洋スーパーフライ級タイトルマッチ 赤穂 亮(横浜光/チャンピオン) 12R 白石豊土(協栄/同級1位) 12/03(土)後楽園ホール17時45分 白石豊土プロフィール

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架け橋 09:05
  紫川、小倉の河口から4キロほど上流に大川橋という人道専用の橋がある。幅は3mほどで狭いのだが長さは80mほどあり、かなり長い橋。私の本業なのだが、この橋の改修工事の設計のためポールを立てて測量をしていた。そこに通りかかった60代の初老の婦人が大きな買い物袋を二つ抱えて、少し息を整えて、にこやかに話しかけてきた。「は〜、この橋は私がドン腹をかかえていた時に出来たんよ」と、いま37歳になる息子が自分のお腹の中にいるころに出来たそうで、この橋がないころは遠く両サイドの橋に迂回しなくてはならなくて大変だったが、この橋ができて本当に助かったことを思い出話にしてくれた。この橋を渡った一寸先の家に嫁に来て、それから40年住んでいると言う。川の東にあるスーパーから西にある家に帰る途中なのが見て取れる。この橋の欄干に昭和四六年竣工と書いてある。丁度、ご婦人が嫁に来た頃に建っている。町と町を繋ぐ橋は人と人を繋ぐ。そして歴史が刻まれる。ギラヴァンツは10年間、そしてあと5年間、本城で試合をする。そして5年後、小倉の新スタジアムで試合をすることになる。15年掛けて北九州の西から東へ移る。大きな意味で北九州の架け橋になって欲しいと思う。サッカーファンが北九州に特別多いとは思わない。しかし、ただサッカー興行をするのではない。Jリーグの理念は総合スポーツクラブの育成とスポーツをする環境と、見る楽しみを提供し、地元チームを応援し活気ある生活を創出することです。まず、地元民に愛されなくてはなりません。最近、公園で草サッカーしている人が多くなりましたよね。昔は野球ばかりでした。確かにサッカーは少しづつ底辺が広がってると思います。しかし、サッカーは芝生の上でしたいですよね。それがスポーツに親しみ、豊かな暮らしではないでしょうか。まだギラヴァンツというチームはどういう特色のチームか形がはっきりしいません。北九州の風土にあった特色あるチームがどんなものか?それもよく定まっていません。ジョージさんがチームを去るとき、このチームは選手・スタッフを含めみんな仲がいい、アットホームなチームだと、その仲の良さをこれからもチームの特色として残していって欲しいと言っていました。さてそれがチーム色になって行くのでしょうか?チームを強くすることに重点が行き過ぎてもいけません。Jリーグの理念にそって還元活動をすることが大事と思います。地元民に長く支持され愛されるためには、時間も必要かと思います。ビッグクラブになるために少しづつ歴史を刻んでいって欲しいと思います。

by アタル
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和柄アロハシャツとハンチング 12:23
 


2011年の第一回コラムです。何を書こうかと思いましたが、今回は異色なものを紹介します。イエローブリゲードの団長・長谷川務氏。言わずと知れたギラの熱烈応援団のコールリーダー。彼はチーム創設初年度から先頭に立ってギラの応援を続けている。年々サポーターの数が増えても、ただ地元チームを応援すること、その姿勢に一遍の変わりもない。彼に付いているサポーターから彼の良さを「ぶれない事」と良く聞かされる。ただ地元チームを応援するという彼のその姿勢にあると思う。

だが最近、気になっている。彼と副団長の染岡くんを批判する声だ。彼らのせいでサポーターが増えない。とファンやチーム関係者が言っているのを耳にする。何を言っている、ちょっと粗雑なパンクロッカー風な男たちに馴染めないだけだろう。あれだけユニークに尖がったリーダー達がいるだろうか?彼らはギラの数少ない魅力の一つでもあると私は考えている。礼儀正しく、みんなで手を繋いで応援しようなんて温和な応援団に何の魅力があるだろうか?あれだけ先頭に立って扇動していれば、あらゆる批判を受けるだろう。新撰組のように厳しい規律をもって統率しているのならまだしも、何の規律も枠も無い、多種多様な集団を束ねて、応援の力を合わせるのだ。

相当の気概が無いと出来やしない。そりゃ〜文句も言うさ。チームが不甲斐ない試合をすれば、チームとぶつかって当然だ。なのに、どうして昨年は大したぶつかりがなかったんだろう。たぶん長谷川マット氏が抑えているのだろう。チームも応援団も、対立するのではなく、運営者と応援者ではなく、北九州のチームを支え、全国に自慢できるビックチームにすること。向いている方向は同じなのだから、北九州という一つのチームになれるはず。そんなことを思います。

 今回、長谷川君のことを書こうと思ったのは、だいぶ昔、彼がブログをはじめた初期の頃、どうも心に残って気になる記事がありました。それが「和柄アロハシャツとハンチング」と題された記事です。ブログのURLをリンクしますので直接ご覧ください。

http://ameblo.jp/brigade-kokura/archive2-200811.html#main

彼の文章はぶっきらぼうで決して丁寧な書き振りではありませんが、人間性や一瞬の雰囲気を一言で表現できる。うまい文章表現者です。それは荒削りですが天性のものでしょう。また、彼の性格がそうさせているのでしょう。この日の「和柄アロハシャツとハンチング」という文章は、それは昔・35年位前ですか、萩原健一と水谷豊の「傷だらけの天使」というテレビドラマの最終回。ショーケンが死んだ弟分(水谷豊)が入ったドラム缶を蹴っ飛ばして「勝手に死にやがって」と転がしているシーンを思い出しました。チームを応援するサポーターにも人生がある。人への思いやり。簡単には言えないが、それを彼は彼なりの文章で書いている。彼の人格を知りえる秀文です。

 

By アタル

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